きっとパニックになって動けないのだろう。ただ発狂するだけの里奈が、優輝にはとてつもなく愛おしい。
いくじなしで気が弱くて、危機に陥ると何もできない里奈。素直で勉強はできるが、指示されなければ動くこともできない。
美鶴がいなければ何もできない。
だが美鶴がいなくなれば、その時はきっとこの俺のそばで――――
この上なく心地良い。
もっと泣かせたい。
狂ったように、いや実際狂っている。無我夢中で美鶴の頭を水槽へ突っ込む。
「やめてよぉ」
泣き声もかわいい。
泣いた顔もかわいい。
泣かせる心地良さを知ったのは、いつだっただろうか?
「やっぱ澤村には敵わないよ」
素直に笑う同級生を相手に罵声を浴びせてやりたいと思ったのは、一度や二度ではない。
「当たり前だ。お前なんか、俺の足元にも及ばないよ」
言えば相手は驚愕するだろう。傷つくヤツもいたかもしれない。
そんな顔を見てみたいと、何度衝動に駆られたことか。
可愛い里奈の顔が見れるのなら、こんな事いくらでもやってやる。
だって里奈にはこんな事、できないからね。
「そうだよ」
ポツリと呟く。
「俺は里奈を、傷つけたりはしない」
美鶴の髪を引っ張りあげ、一重の瞳を艶やかに投げる。
「俺が里奈にこんな事、したことないだろ?」
ヒクヒクと、息を詰まらせたままの里奈。否定も肯定もしない。
「脅えてるのか? 安心しな。里奈にはこんな事しないからさ」
キスもしてない。手を出すなんてもってのほか。
可愛くって愛しいから、大切に大切に傍に置いておくんだ。
そうだ、里奈は俺の大切な人。里奈の為ならなんでもできる。
里奈に夢中になるほどに、他のモノなどどうでもよくなった。サッカーなんて、もはや興味も無くなっていた。
だが優輝は、サッカー部のエースとして活躍し続けた。
なぜか?
なぜならば、里奈を傷つけたくはなかったから。
優輝の素行が乱れれば、付き合う里奈も陰口を叩かれる。ただでさえ女子生徒からのイジメの対象になりがちだ。
だが優輝がサッカー部のエースである限り、里奈はその彼女という品格を保ち続けることができる。それがかえって嫉みを買うことにもなるが、それは彼女が嫉まれるだけの価値を持っているから。
里奈の体裁を保つため、自分の体裁も保たなければならない。
初めてだ。誰かのために何かしたいと思ったのは、これが初めてだ。
里奈に恥をかかせるようなマネはしたくない。里奈のためなら、億劫なサッカーも頑張れる。
こんな想いは初めてだ。
なのに里奈。どうしてお前は、俺から逃げる?
思うと怒りが湧き上がる。
「お前がっ いるからだぁっ!」
再び水槽へ突っ込む。
数秒して引き揚げる。
「生かしてやってもよかったけど、やっぱり邪魔だね。もっといたぶってあげたい気もするけど、時間もないだろうし、残念だけど、そろそろ終わりにしようかな?」
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